「死んだふりをしてください」4億円の残債を抱えた私に、ノンバンク常務が最後に見せた矜持

A large cruise ship in a large body of water 借金返済の記録

バブル経済華やかなりしころ金融業界で大暴れしたのが「ノンバンク」。
預金業務を行わずに、貸し出し(融資)のみに特化した金融機関のことだ。

私の会社は、A生保の子会社であるノンバンクJ社から最大9億円の融資を受けていた。
バブルが崩壊して担保をすべて処分したが、約4億円もの残債に追われることになってしまった。

最終的に残った借金はすべて、欧州のペーパーカンパニーへ売られたのだが、その報告に来たJ社の常務と二人で食べた、あの蕎麦の味が忘れられない。


この記事は20年~35年前の記憶を頼りに執筆しています。
詳細なメモを残していたわけではなく、金額や時間の流れに等に多少の矛盾が出る可能性は否定できません。
その点を汲んで読み進めていただければ幸いです。

バブル崩壊後の激しい攻防を超えて。敵対関係から「戦友」へ

私は、千葉県市川市のショッピングプラザ内にあるスーパーで清掃の仕事をしていた。
そこへ訪ねてきたのが、ノンバンクJ社のM常務だった。

クリーンスタッフの制服を身につけた私を、常務はまるで何か珍しいものにでも出会ったかのように不思議そうな目で眺めている。

「ご無沙汰しています。こんなところまでわざわざご足労いただきまして、本当にすみません」
そう言って頭を下げると、「ハッ」と我に返った様子で言葉を返した。

「いや、ご苦労様です。どうですか、時間も時間なのでどこかで蕎麦でも食べながら、ゆっくり話しましょう」

お昼時で、外は真夏の暑い日が照り付けていた。

蕎麦屋の席に着いてもまだ、常務は私の清掃員姿に興味津々のようだった。
「社長がここまでやるとは・・・・・・・」

このような言葉を何度か口にして、しきりと感心するのだ。
ザル蕎麦を食べ終えると、ようやく落ち着いた口調で本題に入った。

「御社の債務(借金)約4億円はすべて、ヨーロッパの会社へ譲渡しました。譲渡したと言ってもこちらがお金を払って引き取ってもらったのですが」

「ですから社長、今の会社が目立つようなことはしないでください。死んだふりをしていたら、きっと請求は来ませんから。100%とは言えませんが、多分請求は来ないと思います」

私の会社は、法的整理せずにまだ残っていたのだ。
J社には最高で9億円ほど借金していたが、担保をすべて売却して約4億円の残債があった。

債権を譲渡したという欧州の会社は、日本に支社や支店があるわけではなく、弁護士事務所が窓口となっているだけだと言う。

しかも、その弁護士は債務や債権に関心があるわけでもなく、ただ書類の作成に関与しているだけだとも言った。

「だから、ひたすら時間が過ぎるのを待ってください」
「はい、承知しました。ありがとうございます」

話が終わり、伝票を持って立ち上がろうとすると、常務が伝票を奪い取るようにして言う。
「ここまでやる社長に、払わせるわけにはいきません。」

M常務とは実に長い付き合いだった。
バブルが本格化する前の、昭和からの付き合いだ。

親会社である生保から天下ったのではなく、いわゆるJ社生え抜きで長く常務を務めた人だった。

バブルが崩壊するまでは互いにとても友好的だったが、平成3年くらいから状況はガラリと変わる。

貸し付ける側と借りた側で、激しい攻防が長く続いたのだ。

どんな債権者に対しても、私は低姿勢で接することを心がけていた。

相手があまりにも攻撃的であったり、理不尽極まりないことを言ってこない限り、その姿勢を貫いた。

M常務は紳士的な人柄だ。
決して攻撃的なことや人を侮辱するような言葉を吐くことはない。

精々、小さな皮肉を言うくらいだった。
だが、常務の部下すべてがそうだとは限らない。

かなり厳しいことを言う部長が一人いた。

何を言っても「すみません」「今は、これ以上のことはできません」を繰り返す私に、別れ際に必ず嫌味を一言残すのだった。

だが、私はJ社の内部事情をある程度知っていたから、別段腹も立たなかった。

バブルがはじけて、親会社がJ社を整理する方向に入っていからは、M常務が事実上のトップというべき存在になっていったのだ。

本社から天下る社長や専務は、過去の経緯や債権債務の現状を一朝一夕に把握できるわけがない。
私は常務の動向だけに、神経をとがらせていれば良かったのだ。

何年かすると私と常務の間には攻防も対峙も超えて、どこか戦友のような雰囲気が漂い出していた。

いつの間にか二人が会えば、私は自分の如何ともしがたい現状を話し、常務は金融業界を取り巻く厳しい状況を説明する。それが儀式のようになっていた。

蕎麦屋を出て、ショッピングプラザの出入り口付近まで常務と一緒に歩いた。
「債権を売ってしまったのですから、お会いするのはこれが最後かもしれませんね」
常務が言う。

「本当にご迷惑をお掛けいたしました。ありがとうございます」と私は深々と頭を下げた。

矜持を持った男の、後ろ姿を見送りながらつぶやいていた。
「戦友ともこれでお別れか・・・・・・」

あの時の、蕎麦の味が今でも忘れられない。

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