土地担保融資で3億円の損害/友人を信じて詐欺にあった人生の汚点

借金返済の記録

今は「冒険的な事業」を意味する「ベンチャー(venture)」がもてはやされている。

けれども、私が起業した昭和は「知らない事に手をだすな」のような格言が、事業の世界にまだ色濃く残っている時代でもあった。

時代は平成に移っていたが、私はこの「知らないこと」に手を出して、まんまと詐欺のような土地取引に引っ掛かってしまった経験がある。

いや、あれは「詐欺のような」ではなく、まぎれもない詐欺だった。
苦い、忘れ難い、人生の汚点ともいうべき体験だ。

この詐欺に絡んで親しくしていた会社から3億円借りのだが、不思議なことに一度も請求されたことがない。

元金は勿論のこと、金利さえ一銭たりとも払っていないのにだ。

なぜそうなったのか。これについて思い当たるフシはあるのだが・・・・・・・。

国道16号沿いの一等地が「市街化調整区域」だった。詐欺の罠に落ちた平成4年

千葉県の国道16号に面した一等地を巡って詐欺に引っ掛かったことがる。
平成4年ころの事だったと思う。

もしかしたら、前後1年くらいの違いはあるかもしれないが、バブル経済崩壊に絡んでのことだから、大幅にずれることはないだろう。

当時の私は土地に関する知識は全くないと言ってよかった。

精々「どこそこの土地は坪○○万円するらしい」「1坪は3.3㎡だ」。
知っていたのは、その程度だ。

そこに持ち込まれたのが国道16号に面した1,000坪余りの土地を担保に、5億円融資して欲しいという話だった。

土地は大手スーパーの第二駐車場になっていた。

バブル崩壊で地価は下がっていたが、何と言っても1,000坪以上ある。担保価値は十分だと踏んだのだ。

話を持ち込んできたのは取引関係があるT開発社の役員Kだ。彼とは個人的な付き合いもある。よもや騙されることはあるまい。

しかし、自分の会社にそんな金はない。
そこで、別の知人に話してみた。相手はA社の専務で、経理は彼が全責任を持って仕切っていた。

何と5億円がすぐに出てきたのだから驚きであったが、この話を誰でも信用する裏付けや下地は十分にあったのだ。

金の借り主はある有名な団体の理事長で、その団体も理事長個人もかなりの土地を保有していた。

だが、緊急を要するので理事長個人の土地を担保に融資を受け、きちんと手続きを踏んで理事会の承認を得られたら、銀行から融資を受けて返済する。

ざっと、このような説明だった。

ところが、約束の2ヶ月が過ぎても融資した5億円は返ってこなかった。交渉しても埒があかない。

結局、担保権を行使して名義変更することになった。そして、土地を売ることにしたのだが、この一連の動きで驚くべき事実が判明したのだ。

土地は建造物を建てられない市街化調整区域だった。司法書士の説明を受けて、私は言葉を失った。

それでも面積は十分にあるし、駐車場として収益も生む。不動産に詳しい者は、7億円の価値はあるという。

だが、時代が時代だった。市街化調整区域なんて、そう簡単には売れない。駐車場として使用しているスーパーも買えないと言う。

何よりも、許しがたいのはこの話を持ち込んだKだ。奴はゴルフ場の地上げなどもやったことがあるし、勤めている会社自体が不動産をかなり保有している。

市街化区域と市街化調整区域の違いを知らないはずがない。一刻も早く金を調達するため、真実を伏せて、最初からだますつもりだったのろう。

そう思うと腹が立って仕方なかったけれど、怒鳴り散らして縁を切るわけにはいかなかった。

後処理で協力させなくてはならないからだ。

最終的に土地は2億円弱で売ってしまった。
5億借りているので、あと3億円足りない。

その3億円は話を持ち込んだKの会社から借りて、穴埋めをした。
ただし、会社には詳しい話は一切していない。

私の会社の資金繰りが大変苦しい。だから一時しのぎに貸してほしいと、社長へ直々に頼んだのだ。
だから無担保だったし、借用書も作成しなかった。

しかも、振り込みではなく現金だった。スーツケース2つに分けて運んだ記憶がある。

5億円貸してくれたA社へ3億円の現金を持ち込んだのであるが、札束を見た女性秘書の驚いた顔が忘れられない。

崩壊したとはいえ、バブルの影がまだ色濃く残っていたころの話だ。
今では考えられないことが、ごく普通に起こった時代だったのだ。

そして、不思議なことがもう一つある。
3億円は返せなかったのであるが、一度も請求されたことがないのだ。

話を持ち込んだKが、T開発社の役員だったことは全く関係がない。
社長の超ワンマン会社で、まさに独裁者だった。

末端の役員だったKなど、使いパシリに過ぎない存在と言えた。

では、なぜ催促すらされなかったのか。3億円もの大金である。
思い当たるフシはいくつかあった。

なぜ3億円は一度も請求されなかったのか?取締役会で見せた「忖度なしの直言」

私はT開発社の取締役会に呼ばれていた。T開発社の社長が詐欺のような土地の取引に関して、3億円を用立てくれてから1月ほどたっていた。

取締役会は、朝9時に始まった。議長であるT開発社の社長が開催を宣言して、すぐに私を指名した。
「今日は、北海道のプロジェクトに関してMさんの意見を聞きたいと思います」

私は、超ワンマン社長の顔色をうかがうことも、忖度も一切なしに反対意見を述べた。

T開発社が進めようとしていた新プロジェクトは成功の可能性は著しく低い、だから20億もの大金をつぎ込むべきでない、などと滔々と語った。

当然、反対する根拠も羅列した。
私の話は20分ほどに及んだ。

話を終えて着席すると、入れ替わって社長が立ち上がる。
「やっぱり、人の話しは聞くべきだ。これはもう、納得だな」

そう言って、会議は直ちに終了した。
私は「え?」と思ったが、他の出席者は一様に笑顔だった。

「そうか、みんな反対だったが社長が怖くて言えなかったのだろう」

社長が退席すると何人かの役員が、握手を求めてきたのだった。

秘書が来て社長室へ呼ばれた。

「銀行が20億用意してあるから、やれと言うんだ。他の会社が始めた開発で、すでに土地は取得済みらしいがその会社はつぶれてしまった。要するに尻ぬぐいだし、どうも気が乗らなかったけど、ハナから断って銀行のメンツをつぶし訳にもいかない」

そして続けた。
「あんたの話を聞いて、断る根拠が見つかったよ。明日、銀行に行ってくる」

このころはまだ、早期の景気回復を信じる空気があったのだ。失われた30年、40年が続くなど、誰一人予測した者はいないだろう。

T開発社は新規事業から撤退して大正解だった。景気は一向に回復しなかったのだから。
少なくとも20億円の損失を防げたのは間違いない。

なお、この3億円の貸借については借用書が存在しなし、振り込みでもなかった。
簿外債務であったため、正式な借金の金額にはカウントしていないことを書き留めておこう。

これ以外にも、カネにまつわるT開発社との因縁はいくつかあった。

次章では有名政治家がニセのゴルフ会員権を大量に印刷し、T開発社に持ち込んで数億円の融資を受けていた実話について書きます。

有名政治家がニセのゴルフ会員権で数億円の融資を受ける。そのインチキを暴いた本当の話

世の中には信じがたい話があるものだ。金に困ると何をやるか分からないのが人間。
ニセのゴルフ会員権を大量に印刷して、それを担保に数億円の融資受けた奴がいる。

その男はテレビのニュース番組にも度々出演していた有名な政治家なのだから、開いた口が塞がらない。

T開発社に呼ばれて社長室で見せられたのは、ゴルフ会員権の束であった。
「これは本物か?」

社長がそう聞いてきた。
手に取ってみたが、良くできてはいるがニセモノの疑いが濃厚だ。

似たような名称のゴルフ場が埼玉で開発中であることは知っていたが、会員権に印刷されているコース名と会社名が微妙に違っていた。

「ニセモノでしょうね。かなりの確率でニセモノです」

社長は「やっぱりか」と言いたげに頷く。そして言った。
「あんたに、ニセモノである確固たる証拠をつかんでもらいたい」

私は要望を引き受けた。

会員権を発行した会社名の横に代表者の氏名が印刷されている。
その名は、現在進行形でゴルフ場開発をしている会社の社長と同姓同名だった。

そこに問い合わせると何らかのリアクションがあるはずだと読んだのだ。
思惑は当たった。

電話で「社長かゴルフ会員権について分かる人をお願いします」と告げる。
「電話、替わりました」と言って、女が出た。

「コース名や会社名は違いますが、押されている代表印は御社のものである可能性が高いので、確認していただけますか」

私は秘書に会員権のコピーをFAXさせた。
すると30分ほどで先方から電話が来た。

この件で説明したいことがあるので、後日、こちらの会社を訪ねたいと言う。
「分かりました。では、連絡を待っています」

十日ほどして三人でやって来た。
三人のうち年輩の男が社長室長で、比較的若い男は経理担当だと言う。

そして、もう一人が電話で話した女だ。社長の妹だと名乗った。

「来るのが遅れたのは、御社と社長を調べさせていただいたからです。大丈夫な方だと分りましたので、訪問させていただきました。」

言っていることはよくわかる。暴力団関係ではないかどうかを慎重に調べたのだろう。

会話の中心は常に社長の妹だった。
彼女は、会員権はニセモノだが印鑑は自社の実印であることをあっさりと認めた。

「知人がこれを担保にしてY議員の関係者にお金を貸したらしい。だが、本物の会員権かどうか怪しいと思うようになり、私が調査を依頼されたのです。」

最初はかなり固い表情の三人だったが、次第に柔和になり、最後の方では笑顔さえ見せるようになっていた。

特に社長の妹は、ひどく安心した様子で、きれいな白い歯をのぞかせていたのが印象に残っている。

誰かに偽造されたことは間違いない。自分たちも独自に調査したいので、再度もう少し時間が欲しいといって三人は帰った。

一週間ほどして社長の妹が来社した。今度は経理担当と二人だった。
彼女がきっぱりという。

「この証券はY議員が偽造したものです」
「でもどうして、Yに御社の実印が渡ったのですか?」

「はい、ある事情がありまして、Y議員に実印を預けていた時期があったのです」
私は、それ以上のことは追求しなかった。

自社の実印が使用されていたので、無関係を主張することはできない。ついては、今後の交渉などについて私に仲介役を務めて欲しいと彼女は言う。

だが、私は丁寧に断った。T開発社の社長が直接Y議員と貸借関係を結んだのではない。
間に、これまた有名な男が一枚かんでいたのだ。

バブル当時「若きリゾート王」とか「リゾート開発のプリンス」などと、一部メディアにもてはやされた、若くして故人となった男だ。

これ以上、複雑な人間関係に首を突っ込みたくなかったのだ。

彼女は少し落胆したようだったが、丁寧にお礼を言って去って行った。

それから一月も過ぎたころだろうか。
T開発社の社長から電話があった。

金曜日の夕方に例の若きリゾート王と会い、偽造された証券融資に関して最終的な話し合いを持つのだと言う。

「あんたの取り分も向こうは了解しているから、是非参加してほしい」
そう言われたが、私は気乗りしなかった。

当時の経済状況から言うと、カネは喉から手が出るほど欲しい。
だが、なぜかこの話とは一刻も早く縁を切りたかったのだ。

社長にはお世話になっているので、お礼はいらないと断った。
それから間もなくして、市街化調整区域の融資話が持ち込まれたのだった。

私にとって人生で最も過酷な時期を迎えたのだ。

経済的にも精神的にもギリギリの状態だった。
寝床に入ると思う。

「このまま、明日が来なければいいのに」。
そんな毎日が続いたのだ。

ちなみにゴルフ会員権を偽造したY国会議員。

この男はその後、背任、業務上横領、詐欺、議院証言法違反の4つの罪に問われ、最終的には懲役3年6ヶ月の実刑が確定した。

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